新紙幣とキャッシュレスと栄一と敬三と
「諭吉、お前、消えるのか…?」
寝ぼけ眼でスマートフォンを眺めると、政府が紙幣を一新するというニュースが目に飛び込んできた。
それは新元号から立て続けの発表であり、おやおや祭りの始まりかいと思ったが刷新するのは2024年らしい。
新しい一万円札の顔は渋沢栄一とのことで、私は真っ先に彼を思い浮かべた。
その名は渋沢敬三。いや渋沢栄一と聞いて真っ先に本人ではなく孫を思い浮かべるのも意味不明なのだが、実際沼津内浦に真剣な諸氏としては孫の敬三の方が馴染み深いのではなかろうか。
渋沢敬三は療養のため訪れた当時の内浦村で黒澤家…じゃなくて大川家と関わりがあったことで、界隈ではあまりにも有名だ。その際に蒐集した史料を元に「豆州内浦漁民史料」を著している。
それゆえ私は彼については民俗学者としての印象が強かったが、様々な会社の取締役になったり日銀総裁になったりなんだりと、祖父栄一のリリーフピッチャーとして五臓六腑の活躍をしたようだ。
ともかく渋沢栄一が日本銀行券の最高額紙幣の顔になるというのは、彼が資本主義の父と称されていることからも納得で、彼が株式会社制度を取り入れたおかげで何もしなくても配当金という所得を得られていると思うと、感謝の念も浮かぶというものだ。
しかしこのキャッシュレス化の波が押し寄せてきているこのご時世に現金紙幣を新しくすることに若干の違和感を覚えたのも事実だ。今回紙幣の刷新を発表したその政府がキャッシュレス決済を推進すると宣言していたわけで、今回のニュースがミスマッチに感じてしまったのだ。
とはいえ日本はまだまだ現金決済が根強いし、それ以前にキャッシュレス化が進んだところで現金が完全になくなることはないのだろう。それでも高額紙幣を廃止する流れは世界で見られるし、今回のラインナップから一万円札がなくなり、諭吉どころか一万円札が消える未来もあったのではないかと思う。
でもやっぱり今一万円札だけでも廃止したら混乱必至だろうし、なくなるにしてもまだまだ先のことなんだろうな。それまでは渋沢栄一の1万円札に親しみを持っていこう。
…生まれてこの方ずっと一万円=福沢諭吉だったため、慣れるのにしばらく時間がかかりそうだ。そもそも最近現金としての一万円札を使う機会見る機会が減っているので尚更だ。アタッシュケースにぎっしり詰まった札束を見せて
「これならどうだ」
なんて言う機会ももうないんだろう。やったことないけど。
ただ100万円の束を持って外を歩いたことはある。帯付きのやつ。あれは100万円の重み(物理)を感じられるのでおすすめだ。いや著しく防御力を下げる行為なので絶対におすすめしない。
そんな思い出深い(?)諭吉と違って栄一の群れと戯れることはないのだろうが、新デザインは単純にワクワクする。
株式会社の父が株式配当として運ばれてくる日を楽しみにしよう。